ウエサク祭はパワースポット鞍馬で受ける祝福

ウエサク祭(五月満月祭)

5月の満月には世界中でスピリチュアルなイベントが催されます。
ヒマラヤのウエサク渓谷やアメリカのシャスタ山、チベットなどの聖地、パワースポットと呼ばれる場所で、秘儀が行われます。

釈迦が悟りを開いた日とされ、この日には天上界から釈迦だけでなく、イエス・キリストやサナトクマラなどの高次存在たちが、祝福のエネルギーを送ってくれます。

ここ日本では、ウエサク祭りは京都のパワースポット鞍馬寺で行われます。鞍馬寺では「五月満月祭(ウエサク祭)」として、2017年は5月10日に行われます。

 「五月の満月には天界と地上の間に通路が開け、ひときわ強いエネルギーが降り注がれるという。この夕、満月に清水を捧げ心のともし灯を輝かせつつ、降り注がれる神秘的なお力を身に受けて、自分とすべてのものの「目覚め」のための熱い祈りを捧げるのが、光と水と聖音の祭典「五月満月祭(ウエサク祭)」である」としています。
 同寺の祭は夕刻から夜通し三部に分かれて行われ、最後に全員で『心の書(ふみ)』を唱え、魂の夜明けを迎えるのだそうです。

ウエサク祭ってどんな祭り?

ウエサク祭りとはいったいどんな祭りなのでしょうか?鞍馬寺で発行された案内では、以下のように書かれています。

 

五月満月の宵に、山内の僧侶がつどい、満月に灯を捧げ清水を供えて、宇宙の大霊より大いなるお力をいただき、自己の魂のめざめを祈る儀式が鞍馬山で古くからひそやかに続けられて来た。

この儀式が、ヒマラヤ山中やインドで五月満月の夜に行われているウエサク祭と相通ずるものであること、また東南アジアの仏教諸国においても釈尊の生誕と成道と涅槃を同時に祝うウエサク祭が行われていることから、鞍馬山でも広く信徒に呼びかけ、多くの人々が共に祈りを捧げることになった。昭和二十九年のことである。

五月の満月に天界からふりそそがれるエネルギーは、プラスもマイナスも常にも増して大きく増帽させると言われる。それ故に五月満月の宵は、非行悪言を慎み、真実誠心をもって世に尽くす心を専らに、愛と光と力の尊天のみ心に近づくように努めねばならない。

地上が暗雲に覆われていても雲の上には常に太陽が輝いているように、欲望にとらわれがちな人間も、心の奥にはいつも尊天が輝いている。この内なる尊天にめざめることこそ大切である。ひとりひとりが我欲の衣を脱ぎ棄て尊天に近づくよう努力精進する時、心身は大光明に満たされ、安らぎと歓びに全身全言が甦り、夜明けが来る。

五月満月祭は、ひとりひとりが自分の霊性とめぐり合う時である。

 

今現在は、いろんな理由があるようで、一部構成に集約されました。
過去の三部構成の時の案内は今とは少し違いこのような文章でした。

 

五月の満月には天界と地上の間に通路が開け、ひときわ強いエネルギーがふりそそがれるという。この夕、満月に清水を捧げ心のともし灯を輝かせつつ、ふりそそがれる神秘的なお力を身に受けて、自分とすべて のものの「めざめ」のための熱い祈りを捧げるのが、光と水と聖音の祭典「五月満月祭(ウエサクさい)」である。

祭典は三部に分かれ、 第一部は「きよめ」の祈りで、祭典に集う人々は、まず自己と場の浄化のために魔王尊を讃仰(さんごう)する。月が天頂に近づくころ、ひとりひとりが持つ純 粋無垢な心の象徴の「心のともし灯(び)」に灯が点(とも)される、祭場がともし灯に埋まると、銀碗に清水を満たし月に祈りを捧げる。

次にともし灯を高く掲げて、真実に生きぬくための強 い力を与え給えと「お力の宝棒」の加持(かじ)を受け、月光のふりそそがれた明水をわかち頂き、慈愛のみ恵みを心に満たす。そして第二部では、月光を受け ながら大地に腰をおろし静かに「はげみ」の瞑想を行い、夜明けの近い第三部には、智慧(ちえ)の光を輝かせ真実に生きることへの「めざめ」を象徴する聖火 が天を衝(つ)いて上がる。

最後に全員で『心の書(ふみ)』を唱え魂の夜明けを迎える。

 

過去には三部構成だったのが一部構成に変更されて、中には「内容が薄くなってしまった」という意見もありましたが、形を変えることで内容を端折ったということはなく、「形を変えた」という感じがします。

ウエサク祭りは、世界中のパワースポットや聖地でそれぞれのい行われており、その地によってはやり方、時間などの取り方はそれぞれに異なります。

形は違えど、ウエサク祭の目的や行われる秘儀の内容は同じですので、三部構成が一部構成になっても、ウエサク祭で受ける恩恵には、違いはありません。

それは、過去の三部構成の時と、今の一部構成の両方を体験して、私が感じることです。

尊天信仰

ここまでで、「尊天」という言葉が登場していますが、尊天とはいったい何でしょう?

鞍馬山が信仰するのは仏教徒は異なり、宇宙の大霊であり、大光明、大活動体の「尊天」と本尊とします。尊天の心を自らの心をすることが尊天信仰なのです。

神を敬い、拝むのではなく、自分自身を神とひとつに、というところも仏教やキリスト教とは異なります。

鞍馬寺からは尊天とは以下のとおりに説明がされています。

 

尊天とは、人間を 初め、この世に存在するすべてを生み出している宇宙生命・ 宇宙エネルギーです。真理そのもので、神仏の区別を超えて ひとつの形に固定されず、しかも本質を保ちつつ、森羅万象 、日月星辰、あらゆる神あらゆる仏の相(すがた)となって 顕現します。そのお働きは愛と光と力となってあらわれ、ま た月に代表される水の氣、太陽から放たれる氣、母なる大地 、地球の氣の三つの「氣(エネルギー)」にあらわし、それぞれを
 月輪の精霊―愛=千手観世音菩薩
 太陽の精霊―光=毘沙門天王
 大地の霊王―力=護法魔王尊
のお姿であらわして、この三身を一体として「尊天」と称します。それ故に「月のように美しく、太陽のように暖かく、 大地のように力強く」と祈り、 「すべては尊天にてまします」とお唱えするのです。

 

サナトクマラ

鞍馬寺の本尊は「魔王尊」と呼ばれています。魔王尊とはサナトクマラのことであり、650万年前に金星からこの地球に、鞍馬の地へ降り立ったとされます。地球の進化を見守り、導く存在だとされます。

サナトは「真実」クマラは「若い人」を意味します。私たちに真実で生きることは永遠を意味するということを体現しています。

サナトクマラは、グレートホワイトブラザーフッド(白色同胞団)を創設したとされ、地球のエネルギーセンターのシャンバラを本拠地として活動しているとされます。

ウエサク祭で願いを叶えよう!

ウエサク祭は、サナトクマラをはじめとする高次の存在たちが、祝福のエネルギーを与えてくださるだけでなく、天上界と地上界のゲートが開くので、この時に願ったことは叶いやすくなります。

ウエサク祭は、高い波動のエネルギーを受け取るだけでなく、自身の霊性を高めて、愛と光と力の尊天と一つになることで、紺jy王の人生のテーマを成し遂げて、思うこと願いことを実現するというのが目的だと感じます。

満月には高い浄化力があり、天上界のゲートが開くウエサク祭では、一段と高いエネルギーで、あなたの心の奥底にあるトラウマや不安、恐れを拭い去り、愛と光と力で満たしてくれることでしょう。

 

 ウエサク祭

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